東京地方裁判所 昭和40年(ワ)11227号 判決 1966年5月30日
原告 阿知波久
被告 磯西修二
主文
一、原被告間の当庁昭和四〇年(手ワ)第二、六九六号約束手形金請求事件について、当裁判所が同年一一月九日に言渡した手形訴訟の判決主文第一項中「被告に対し金二五万円およびこれに対する昭和四〇年一〇月一〇日以降完済まで年六分の金員の支払を令じた部分」を認可し、その余の部分および同第二項を取り消す。
二、原被告間の当庁昭和四〇年(手ワ)第三、四八一号約束手形金請求事件について当裁判所が同年一二月一四日言渡した手形訴訟の判決を全部取り消す。
三、原告の前二項において取消した部分の請求およびその余の請求を全部棄却する。
四、訴訟費用はこれを二〇分し、その一を被告、その余を原告の負担とする。
事実
<全部省略>
理由
第一、被告が原告に対し別紙手形目録(1)および(2)記載の約束手形二通を振出日、受取人欄を白地のまま振出したことは当事者間に争がなく、原告がそれぞれ振出日を昭和四〇年三月二五日、受取人を原告と補充し現にこれを所持することは被告の明かに争わない事実であるから被告は右事実を自白したものとみなすべきものである。
被告は、右二通の手形金は昭和四〇年六月三〇日に弁済したと主張するけれども、この点に関する被告本人の供述は明確を欠きその供述中被告の主張にそう部分は、原告本人尋問の結果および原告が現に右各手形を所持する事実に照らして信用することができず他に右被告の主張事実を肯認し得る証拠がない。
原告が昭和四〇年一〇月九日の本件口頭弁論期日において右白地部分を補充した各手形を呈示したことは本件訴訟の経過に徴し明かであるから、被告は原告に対し右手形金合計金二五万円およびこれに対する呈示の日の翌日である同年一〇月一〇日以降完済まで商法所定年六分の遅延損害金を支払わなければならない。
第二、(1)原告は被告が訴外会社と共同で振出した同目録(8)ないし(22)記載の約束手形二〇通(以下本件手形という)を、関仁綱から交付による譲渡を受け、その所持人になったと主張するが、右各手形の譲渡行為のなされた事実を認め得る証拠は全くない。
(2) 次に、原告は訴外会社の関仁綱に対する債務を同会社に代って弁済し、その債権者である関から本件二〇通の手形の交付を受けたのであって、被告は右会社の債務を重畳的に引受け右各手形の共同振出人となったのであるから、当然に関に代位して本件手形上の権利を行使し得ると主張するので判断する。
被告が本件手形の原因債務である訴外会社の関仁綱に対する債務を重畳的に引受け、同会社と共同して本件手形を振出したとの原告主張事実を認め得る証拠はない(甲第三号証ないし同第二二号の表面になされた被告の署名は保証としてなしたものであることは後に認定するとおりであるから、同号証の各記載は原告の主張を認める証拠とはし難い。)
各その成立について争のない乙第一号証、同第二号証、証人関仁綱、同武藤清也の各証言被告および原告(但し後記信用しない部分を除く)各本人尋問の結果並びに本件口頭弁論の全趣旨を綜合すると次の諸事実を認めることができる。
訴外会社は昭和四〇年二月一九日附で関仁綱から金五〇〇万円を利息年一割五分の約定で借受け(同年三月一六日債務額を利息を含めて五二〇万円とし、弁済方法を同年四月三〇日を初回とし最終期限を昭和四一年一二月末日として毎月末日金二五万円宛(但し最終の割賦金は二〇万円)割賦弁済することと定め武藤清也を連帯債務者とする公正証書を作成)原告は右会社の債務につき物上保証人となり原告所有の東京都荒川区町屋三丁目一三八四番一宅地一六一坪一合六勺に抵当権を設定し、その登記手続をした。
上記会社の債務について債権者関は被告の保証をも要求し、且つ、その弁済の方法として被告の保証のある約束手形の振出を求めたので、被告はこれに応じ上記会社の債務を保証し、同会社が前記約定による各割賦金を手形金額、割賦弁済期日を各満期として振出した受取人および振出日を白地とする本件約束手形二〇通外一通に署名し同会社はこれを関仁維に交付した。
ところが、訴外会社は昭和四〇年三月二三日頃倒産したので、関仁綱の要求により原告は同年六月三〇日に、同日現在における前記会社の債務額四二三万円余を同会社に代って弁済し、前記抵当権設定登記の抹消登記手続を受けた。右原告から弁済を受けた関仁綱は保証人である被告に対し本件手形を返還することを原告に依頼し、原告に対し本件手形を交付した。(以上の事実のうち訴外会社の関に対する債務について原告が抵当権を設定したこと被告が本件手形に署名したことおよび訴外会社が倒産し原告が右会社の債務を代位弁済し、抵当権設定登記の抹消登記手続を受けたこと並びに原告が関から本件手形の交付を受けた各事実は右当事者間に争がない)。
原告本人の供述中右認定に反する部分は前掲各証拠に照らして信用することができず他に以上の認定を左右し得る証拠はない。
手形の正当な所持人としての地位を取得し、手形上の権利を行使し得るためには、相続又は会社合併等の一般承継の場合を除くほかは、必ず前所持人と新所持人との間に有効な手形債権の譲渡行為(裏書、引渡のいずれの方法によるとを問はず)がなければならないのであって、右のような譲渡行為がなくたんに手形自体の占有の移転があったことだけは右占有者において当然に手形上の権利者としての地位を取得するものではない。
前記認定の事実によれば、原告は訴外会社の関仁綱に対する債務の物上保証人(抵当権設定者)として同会社に代り右債務を弁済し、右債務の弁済の方法として関に対し同会社が振出し被告が保証した本件手形を関から交付(被告に対し返還することを依頼されて交付を受けたか否かは別として)を受けたのであるから、関から本件手形の譲渡を受けてその所持人となったものではないことが明かである。
もっとも民法第五〇三条によれば代位弁済によって全部の弁済を受けた債権者は債権に関する証書及びその占有に在る担保物を代位者に交付しなければならないとされており、原告が同条によって関から本件手形の占有を取得したものであるとしても、後記判示のように代位弁済した物上保証人の他の保証人に対する権利の行使は民法の定める制約のもとにおいてのみ許されるものであるばかりでなく、右本件手形の占有の移転は前所持人との譲渡行為に因ったものではないから、原告は本件手形の所持人として被告に対し手形上の権利を行使することはできないものと解しなければならない。
原告は、民法第三五一条、第三七二条により債務者である訴外会社に対し求償権を有し、同法第五〇〇条、第五〇一条の規定に従いその有する求償権の範囲内において債権者である関仁綱に代位しその権利を行使することができるのであるが、保証人である被告に対しては右民法第五〇一条第五号によりその頭数に応じすなわち、原告の関に対する弁済金額の二分の一の限度において権利を行使し得るに過ぎない。
従って、原告が上記民法の各規定に従いその有する求償権の範囲内において被告に弁済を求めるはかくべつ原告は本訴においてはあくまでも満期の到来および未到来の本件手形の所持人として被告に対し手形金全額の支払を求めているのであるから、前示の理由により原告の本訴請求中本件手形金の支払を求める部分は失当としてこれを排斥させざるを得ない
第三、以上に認定したように、原告の本訴請求は、(1)、(2)の手形金二五万円およびこれに対する昭和四〇年一〇月一〇日以降完済まで年六分の金員の支払を求める限度においてのみ正当としてこれを認容し、その余は失当として棄却すべきものであるから主文第一項掲記の手形判決の主文第一項を右認容額の限度で認可し、その余の部分および第二項、並びに主文第二項掲記の手形訴訟の判決全部をいずれも取消し原告の右取消した部分の請求およびその余の請求を全部棄却することとし、<以下省略>。